江戸時代の台風と海難事故(その1)

江戸時代の和船を復元した「気仙丸」(2003年8月26日撮影)

 今年2020年も、日本列島に上陸した台風により各地で被害が出ています。9月に入ってからも、「記録的な暴風雨」が懸念された台風10号があり、目下は台風12号が日本列島に近づいてきています。上陸することはないようですが、漁業や海運など、海や船に関わる仕事をする方々にとっては油断ならない状況です。

 磐井郡藤沢本郷(岩手県一関市・旧藤沢町)の有力な商家だった丸吉皆川家の当主が書き残した「丸吉皆川家日誌」の中に、台風に伴う海難事故に関する記事が見られます。天保6年閏7月7日(西暦1835年8月30日/以下、本記事の( )内の日付は原史料の和暦での日付標記を西暦に換算したもの)に、現在の仙台市中心部や宮城県域に大きな被害を出した台風に関するものです。
 この記事の紹介から、江戸時代後期の個人が記した記録として屈指の質量を持つ「丸吉皆川家日誌」の世界を、少しずつ行っていきたいと思います。
 なお「丸吉皆川家日誌」については、本サイトの「電子拾遺館」をご覧ください。

 史料1 : 閏7月16日頃(9月8日) 気仙沼の船からの情報
 (概要)丸吉皆川家に、同月3日に銚子(千葉県銚子市)を出港した気仙沼(宮城県気仙沼市)の船から「相場書」が届く。船は前日の15日に気仙沼に着船。銚子でのたばこ・粕(イワシの〆粕/肥料の原料)・米の相場を知る。7日の嵐については、同船が「夏海」の「沖通り」であったためか、何事もなく、嵐の様子も知らなかった。

 気仙沼の船は銚子から鹿島灘、現在の福島県沖合、仙台湾を経たと考えられますが、航行に影響をもたらすほどでは無かった、といいます。
 同じ台風を記録した近江商人・中井源左衛門家の記録には、洪水で流された家屋敷などが海上に流されて航行に支障を来し、一部は鹿島灘まで流れ着いた、とあります。あるいは、沖合を航行する「沖通り」、すなわち沖乗りを行っていたため、沿岸部の状況の影響を回避できたのかも知れません。沖乗りは船の大型化や航海技術の発展によって江戸時代に盛んに行われましたが、そのことは台風に際して速やかに接岸できず、その結果船の破船(沈没)、さらにはさらに外海へと漂流してしまう危険も伴うものでした。

 史料2 : 8月9日(9月30日)頃、江戸の情報 
 (概要)閏7月7日の嵐について、江戸近辺では別段大変なこともなく、荒れなかったが、遠州(遠江/静岡県西部)では相応の被害があり、「海辺船等の難事」の情報が、数多く藤沢の町まで届いた。江戸では酒が3割値上がりした。

 現在の静岡県西部、遠州灘のあたりでは、この台風による船の事故が相次いだとの情報が寄せられていました。航行する船なのか、あるいは高潮などの影響で接岸していた船への被害なのかは、地元の史料でさらに確認する必要がありそうです。
 一方、江戸での酒の価格が3割も上がったというのは、灘(兵庫県神戸市)や伏見(京都市)などで作られる「下り酒」の流通に影響が出たということかもしれません。

 史料3 : 8月28日(10月19日)、江戸および上方の情報
 (概要)閏7月7日の大嵐については、江戸近辺では荒れなかった。上方もそれほどの嵐で無かったのか、(被害などについては)なにも申し参ってこない。

 江戸の状況は史料2でも述べたとおりですが、「上方」、すなわち京や大坂からも被害の情報がない、ということでした。京については、現在も歌舞伎などが上演される南座の屋根が飛ばされた、という記録もあるのですが、取引に関わるような被害がなかった、ということなのかもしれません。これも、地元の記録を確認する必要があります。

 一連の記録からは、この台風では現在の宮城県に加えて静岡県西部でも大きな被害を出す一方、江戸・京都・大阪ではさほどでもない、ということがうかがえます。これは、当該の台風の進路や規模を知る手がかりの一つとなるでしょう。

 また、この台風に関する丸吉皆川家の情報の入手先が、銚子や江戸、さらには上方に及んでいます。丸吉皆川家では、江戸時代の磐井郡の特産品だった紅花やたばこ、和薬の原料を商っていました。それらの作柄や需要、さらに水路や陸路での輸送には、日々の気象や、気象現象が大きな影響を与えていました。

 内陸にある藤沢や磐井郡であっても、全国の状況を正しく理解すること、そのために複数の情報を得ることは、丸吉皆川家にとって極めて重要な意味を持っていたのです。(続く)

(参考文献)
佐藤大介「中井家文書に見る仙台藩の災害」『滋賀大学経済学部附属史料館研究紀要』50、2017年 http://hdl.handle.net/10441/15065

コメントを残す

メールアドレスが公開されることはありません。 * が付いている欄は必須項目です

*

CAPTCHA


このサイトはスパムを低減するために Akismet を使っています。コメントデータの処理方法の詳細はこちらをご覧ください